名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)231号 判決 1976年3月25日
控訴人 三菱重工業株式会社
右代表者代表取締役 守屋学治
右訴訟代理人弁護士 加藤義則
同 村瀬鎮雄
同 岡島章
同 福永滋
被控訴人 四方八洲男
右訴訟代理人弁護士 小山斉
同 梅沢和夫
同 二村豈則
主文
原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一、当事者の申立
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二、当事者の主張及び証拠関係
次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(控訴代理人)
一、被控訴人の受傷について
被控訴人の受傷時の状況については、原判決認定のように、被控訴人が扉に対して後向きになり、左足を西側扉と地面との間に挾まれ転倒し、なお転倒後も左足を右のように挾まれたままの状態で扉が押し続けられたとの事実を認めるに足る証拠は全くない。仮に被控訴人が転倒後も足を挾まれたままの状態でなおも扉が押し続けられたとしたならば、被控訴人は前記のような部位、程度の傷害を負っただけではすまなかった筈である。なお、仮に前記のような状態で左足を西側扉との間に挾まれたとするならば、受傷の部位から推して、右被控訴人の骨折は、被控訴人が右のように足を挾まれ痛いと感じた瞬間に生じたものと推認されるのである。しかして、原判決は控訴人に対する帰責事由として、重量のある扉を閉めることにより被控訴人やその支援者らを排除しようとする場合には、絶えず相手方の動静に注意し、仮に扉に接触し転倒あるいは身体の一部を挾まれる等の危険な状態が発生した場合には、直ちに扉の閉鎖を中止すべき注意義務が前記保安課員らにあるところ、同保安課員らは前記の被控訴人の状態に気付かず西側扉を閉め続けたことにより被控訴人に受傷させるに至ったのであり、この点において右注意義務を欠いたと判断している。しかし、前記のとおり、被控訴人の本件受傷が被控訴人が左足を挾まれ、痛みを感じた瞬間に生じたものとすれば、原判決も被控訴人が右のように左足を挾まれたこと自体は偶発的といわざるを得ないと認めているのであり、果してしからば前記保安課員らに原判決の指摘するような注意義務違反(過失)はなかったものと断ぜざるを得ない。
また、仮に本件傷害が被控訴人が左足を挾まれた後、これに気付かなかった保安課員等が扉を押したことにより生じたものであっても、保安課員等は扉を閉めるについて通常払うべき注意義務は充分につくして慎重に行ったものであり、被控訴人がそれにもかかわらず足を挾まれたのは、通常有り得ない偶然が重った異常事態であった。したがって、保安課員等がさような異常事態の発生を予見して行動することを期待することが不可能というべきである。
二、正当防衛
仮に、被控訴人の本件受傷が保安課員の扉を押した行為に基因するとしても、保安課員らの本件行為は被控訴人及びその支援者らの名航工場内への不法侵入、保安課員に対する暴行行為に対して必要止むを得ず採られたもので正当防衛である。
被控訴人は、控訴人会社を昭和四六年七月一六日解雇された後、昭和四六年八月二日、自己に就労する権利があると唱えて支援者多数と共に本件第二西門に押しかけ、保安課員に制止されており、本件当日も社員専用の通用門である第二西門に支援者多数と共に押しかけ工場内へ入って強行就労しようとした。
原判決も認めているように、被控訴人は、第二西門が従業員の通用門であり、一般外来者は正門で手続を経てから従業員と面会あるいは工場内に入ることになっていたことを知っており、過去に面会するときは正門で手続をしていたのに、本件当日は、殊更、第二西門に支援者多数と共に押しかけ、第二西門前で演説した後、「これから就労する。所長に抗議文を渡す。」と言って、同門を突破しようとしたのであり、その情況から判断すれば、被控訴人が強行就労の意思で本件第二西門に赴き、突入行為を繰返したことは明白であって、「被控訴人及び支援者の意思は、被控訴人単独で所長に面会を求め、抗議文を渡すことが目的であって、強行就労の意思はなく、所長への面会要求の取次を保安課員らと拒否され、一方的に工場外へ排除されたため、これに抵抗したにとどまり、強行突入する意思はなかった。」との原判決の認定は誤りといわなければならない。
被控訴人らの突入行為に対し、保安課員らは、「八時まで待って、正門で手続せよ。」と説得したのであるが、被控訴人は、これを聞き入れず、始業のチャイムが鳴った後、保安課員らが第二西門の扉を閉めようとすると、支援者らは半開き状態の西側扉と既に閉められた東側扉との間隙から被控訴人を工場内に押し込もうとしたため揉み合いとなり、その過程で本件事故が発生したのである。
従前より控訴人会社では、本件の如き侵入行為がある場合には、扉の構造から考えて、両扉の間から侵入してくる者をスクラムで押しかえしながら、扉を徐々に閉めていくのが最も安全であると判断し、保安課員に対してそのように教育を施して来ていたので、本件においても、保安課員らは右教育に従った措置をとったのであるが、原審も認めるように全く偶発的に本件事故が発生したものである。
以上の如く、被控訴人自身の不法な実力による侵入行為及びこれと意思を合わせた支援者らの激しい押し込み行為(これらの行為が違法であることは原審も認めるとおりであり、これによって保安課員側に八名もの負傷者が出ており、その違法性は決して軽微とは言い得ない。)に対して、保安課員らは終始消極的な防衛及び阻止の範囲を超えない措置を採っていたのであり、防衛のための必要最小限度の実力行使であって他に如何なる防衛措置を構ずることも出来なかったと認められる。
三、過失相殺
仮に、本件事故につき控訴人が何らかの理由によって責任を負わねばならないとしても、本件事故発生に至る前述の経過に鑑みれば、大幅な過失相殺がなされるべきである。
前記二項記載のとおり、被控訴人は、第二西門から工場内に侵入しようとすれば、職務上これを阻止しようとする保安課員らとの間で揉み合いとなるような状況となることを予知しながら、敢て工場内への不法侵入を試みたのであって、被控訴人の本件受傷は自ら招いたものと言っても過言ではないであろう。しかも、本件事故発生に至る経緯に鑑みれば、被控訴人及び支援者らの保安課員に対する暴行傷害、或いは、工場内への激しい押し込み行為、更には、支援者らが被控訴人を工場内へ押し込もうとして被控訴人を後方から強く押しつけ、身体の自由が効かない状態にしていたことが、本件事故発生の主たる原因であって、保安課員らは終始消極的な防衛及び阻止の範囲を超えない措置を採っていたに過ぎない。
本件事故発生についての責任の大半は被控訴人が負うべきである。
四、名誉毀損について
本件事故発生の翌日、被控訴人が中心となっている「四方君を守る会」は、乙第一三号証のビラを控訴人会社従業員に配布したが、同ビラには、「門衛は四方君をころがすなど」した等、被控訴人の受傷が保安課員の一方的な暴行によるものである旨記載されていた。
そこで、控訴人会社としても、事件の真相とそれに関する会社側の見解を従業員に知らせる必要に迫られ、多数の保安課員らから聴取した結果をありのままに記述して、これに対する会社側の見解を付して乙第一二号証の昭和四七年八月七日付勤管通一四八号を作成したのであり、右文書に、事実を曲げ或いは虚偽の事実を記載した点はない。
(被控訴代理人)
一、控訴人の当審における主張一項について
被控訴人の受傷についての原判決の認定は基本的に正しいものである。ただ、原判決の認定のうち、理由中二、(6)の「……挾まれ、転倒し、……」の『転倒し』は削除されるべきである。誤りはその一点だけであり、それも結論に何の影響もないものである。何となれば、被控訴人は、扉に右肩を押され、後向きになり、左足を扉と地面との間に挾まれ、その瞬間左足に痛みを感じ、「痛い、扉を押すのをやめろ。」と大声で叫んだのであり、その後、前のめりの形となり、足が挾まれているために倒れようにも倒れられない状況で、扉は押しつづけられたからである。
二、同二項について
控訴人の主張は、被控訴人の不法侵入や暴行行為を前提としているが、これも明らかに誤りである。
被控訴人らは、抗議の取次を要求したのであり、これを理由もなく拒否し、一方的に実力で排除しようとする保安課員らに、その理由をただし、抗議したにすぎない。不法侵入の意思などは全くなかったものである。暴行というが、そのようなことはなく、保安課員らが押し出そうとした際、必然的に身体と身体が接触して、場合によっては若干赤くなったかも知れない、という程度のものである。控訴人のこの点の主張も到底容認できない。
三、同三項について
前述のとおり、被控訴人らは、取次を求め、それが拒否されたのでその理由を明示すべきことを求め、問答無用とばかり排除しようとする態度に抗議をしていたのであるから、全く過失はない。
四、同四項について
会社の見解なるものが虚偽の事実を捏造したものであることは事実の経過を見れば自と明らかである。「門衛は四方君をころがすなど」……の点については乙第一一号証の二の16の写真のように、被控訴人は、つきとばされて倒れそうになったり、写真にはないが、現実に倒されたこともあったのである。
理由
一、請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。
二、進んで、被控訴人主張の不法行為の成否について判断する。
1 八月二日の被控訴人の受傷について
(一) 請求原因2項の(一)の事実のうち、被控訴人がそのいわゆる支援者とともに、昭和四七年八月二日午前七時三〇分頃、名古屋市港区大江町一〇番地控訴会社名航大江工場第二西門(以下単に第二西門という。)に赴き、名航所長に面会を求める旨守衛に告げたこと、その際被控訴人が受傷したこと、は当事者間に争いがない。
(二) ≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫
(1) 被控訴人及びそのいわゆる支援者らは、被控訴人の懲戒解雇に反対し、これを応援するため、昭和四六年八月二日頃「四方君を守る会」と称する集団を結成していたものであるが、同日午前七時四五分頃、被控訴人は、「ただ今から就労する。」と宣言して第二西門から工場内に強行入門しようとし、名航保安課員に阻止されるという出来事があった。
(2) ところで、右守る会結成後一年を経た昭和四七年八月二日、被控訴人及び支援者らは、守る会結成一周年と称して午前七時頃から第二西門付近において、出勤して来る名航従業員多数に対し、被控訴人の職場復帰などを要求する旨の抗議文を名航所長に渡すことを支持する内容のビラを配付していたが、七時三〇分頃第二西門前に集合し、被控訴人は、約五分位携帯マイクで出勤して来る従業員が通る前で所長に面会を求めて抗議する等宣言して演説を行った後、第二西門から「これから就労する。」「所長に抗議する。」と叫んで工場内に単身突入しようとして立哨していた保安課員塩崎龍吉に対し、頭突を加えるなどの暴行を加えたが、塩崎らの保安課員から実力で第二西門外に排除された。それにもかかわらず、被控訴人は、更に繰返して工場内に突入をはかり、その都度塩崎らの保安課員に第二西門外に排除された。そして、応援に駆け付けた他の保安課員は、外来者は八時以後に正門においてその旨を申出ることになっており、かねてより被控訴人もその旨を熟知しているところより、八時になってから正門で所定の手続を取るように被控訴人に告げたが、それでも被控訴人は実力で押し入ろうとしては、第二西門外へ排除された。これを見た被控訴人の支援者約一〇名は、被控訴人と一団になって第二西門内に押し入ろうとし、その頃応援に駆け付けて約一四、五名に増員された保安課員はこれを阻止しようとし、集団同志で激しい揉み合いとなった。
(3) そのうち、午前八時になって従業員の出勤時限が来て会社の始業のチャイムが鳴り、第二西門を閉門することとなった。そこで、保安課員は閉門すべく被控訴人及び支援者らを門外へ排除しようとして、第二西門の扉(この扉は丸鉄棒の鉄柵で作られた高さ約二メートル、横幅三・一メートルの観音開式両扉で、下部に車がつき、扉の下端と地面との間に一二センチメートル位の隙間がある。)を実力で押して閉め始めたので、被控訴人及び支援者らは、「何故扉を閉めるのか。」などと叫んで、扉が閉められるのを妨害すべく半ば閉められかかった扉を一団となって押し返そうとした。そこで、保安課員は、扉は東側扉と西側扉とも二、三名の者で支え、他の者は一団となって被控訴人及び支援者らの一団を押し戻そうとしたが、被控訴人及び支援者らは頑強に抵抗したため安易に押し戻すことができないでいるうち、比較的抵抗の弱かった東側扉の方は完全に閉めることができ、ストッパーも降ろした。
(4) しかし、西側扉は、一旦閉めかけたのがまた被控訴人及び支援者らの抵抗によって半開きに押し返されてしまったところ、被控訴人の支援者らは、一団となって、その半開きになっている西側扉とすでに閉められた東側扉の間から、被控訴人を先頭にして工場内に強引に押し入ろうとしたため、保安課員は、内側から大部分の者で一団となってこれを阻止するとともに、外側から一、二名の者が支援者らを西側扉付近から引き離そうと試みつつ、三、四名の者で西側扉を閉めようとしていたが、被控訴人及び支援者らの抵抗が強く、後記のように閉めるのを中止するまで西側扉はわずかに動いた程度であった。
(5) しかして、このような状態にある間、被控訴人は、ハンドスピーカーを片手に持ち、支援者の一団の先頭になって、自らも多数の支援者から背後を押されつつ扉を押し、保安課員と揉み合っていたが、保安課員が閉めようとする力に押され、左足を西側扉の下端と地面との隙間の所に挾まれた。
(6) 被控訴人は、左足に痛みを感じ、「痛い。扉を押すのをやめろ。」と大声で叫び、これを聞いた支援者や保安庶務係長佐藤春尾も「閉めるのをやめろ。」などと保安課員に叫んで制止したので、西側扉を閉めていた保安課員も異常事態の発生に気付き、直ちに西側扉を閉めるのを止めた。
(7) 右事故により、被控訴人は、入院治療四七日間、通院治療六九日間(治療実日数一三日間)をようし、その後もしばらく疼痛が残った左足第二、第三中足骨骨折の傷害を負った。
(8) 保安課員八名も、被控訴人及び支援者らの右一連の行為により、全治約三日間から約一〇日間の挫傷等の傷害を負った。
(9) ところで、前記のように控訴会社では、一般外来者は午前八時より正門で所定の手続を経てから入門あるいは従業員との面会を許されることになっており、被控訴人もこのことは承知していたものであるが、被控訴人は控訴会社から懲戒解雇処分を受け、右処分の無効を主張して訴訟を提起し、現在係属中であり、当時は控訴会社より名航社員として取扱われておらず、現在もその地位を回復するに至っていないのであるから、所長に面会等を求めるのであれば、正門で所定の手続を取るべきであったのに、その手続を取らずに右に認定したような実力で構内に押し入ろうとする挙に出たもので、被控訴人及び支援者らの行為は不法侵入及び暴行として違法であることはいうまでもない。
(三) そこで、被控訴人の右受傷につき、保安課員に故意または過失があったか否かについて検討する。
(1) 前記(二)の認定事実によれば、保安課員において被控訴人が扉の下端と地面との隙間に足が挾まれているのを認識しながら西側扉を押し続けたとは認められないから、被控訴人の受傷につき保安課員に故意があったとはいえない。
(2) 次に、被控訴人は保安課員が無警告で重い鉄扉を閉めた点に過失があると主張するが、前記(二)に認定の事実によって明らかなごとく、被控訴人は、不意に扉を閉められて足を挾まれたというのではなく、保安課員が当然の義務として通用門を閉めるべき定刻のチャイムが鳴ったので扉を閉めようとするのを知りながら、暴力をもって押し入ろうとしたのであり、右主張は失当である。
(3) さらに、被控訴人は保安課員において被控訴人が足を挾まれているのに気付かず扉を閉め続けた点に過失がある旨主張するので検討する。
前記(二)に認定の事実によって明らかなごとく、保安課員は被控訴人らの「閉めるのをやめろ。」という声を聞いてすぐに扉を押すのを中止している。被控訴人主張のように二、三〇秒の間もそのまま押し続けたというがごとき極端な事実は勿論のこと、被控訴人及び支援者らの制止の声を無視して押し続けたという事実も認められない。しかも、保安課員は、執ように抵抗する被控訴人及び支援者らを排除するにあたり、扉の構造や保安課員の人数から見て、強引に押し返して一気に扉を閉めてしまうことも可能であったと思われるのに、そのような方法を取らず、まず体で一団となって被控訴人及び支援者らの抵抗を弱め、徐々に扉を閉めて行く方法を取っている。そして、≪証拠省略≫によれば、保安課員がこのような方法を取ったのも、一年前に被控訴人が前記認定のごとく就労すると称して強行入門しようとした際、保安課員がスクラムを組んでこれを阻止し、扉を閉めて一人の怪我人もなく被控訴人及び支援者らを排除したことの経験に照らし、今回も右に見たような慎重な方法をとって被控訴人及び支援者らの不法侵入を排除しようとしていたものであることが認められる。
(4) 要するに、被控訴人は、控訴会社の保安課員の慎重で正当な実行行為を妨害して不法侵入の挙に出ようとし、ハンドスピーカーを片手に持ち、支援者の集団の先頭に立って、自らもその集団から背後を強力に押されつつ、閉まろうとする扉に接着して、敢てこれを押し返そうとしたのであるが、もし自己の体勢がくずれれば、ハンドスピーカーを携えていたこともあって動きが不自由であったから、倒れるなどして集団の揉み合いの渦中に身体を没し、扉の下端と地面との隙間に身体部分を挾まれる危険は大きかったのであり、被控訴人はこの危険を十分認識し、しかも違法な侵入行為を自己の意思をもって持続したのであり、被控訴人の傷害はそれを原因として生じたものであるから、これは正に自損行為自傷行為と評価すべきである。
(四) 右のとおり、被控訴人の受傷は保安課員の故意・過失に基くものとは認められず、かえってその自傷行為と認むべきであるから、控訴人がこれにつき不法行為責任を負うべきいわれはない。
2 八月九日の文書朗読について
(一) 昭和四七年八月九日、名航の勤労部管理課長津屋隆明が、名航の各課長に指示して、各課、各係、各作業班毎の朝礼の席上、各課長、各係長、各作業長をして、「四方八洲男の強行就労事件の概要」と題する文書を読み上げさせたこと、右文書には、①「四方は、……『これから就労するため構内に突入する』と大声で叫んで……スクラムを組んで……強行突入を図ろうとした」、②「四方は、この間自ら路上に坐り込んだり寝転んだりして(出勤途上の一般社員に保安課員の暴力により倒されたと思わせるため)その状況を写真に撮るよう支援者に指示しながら……」、③「四方は、門の扉にしがみつき、扉の閉まるのを妨害するため左足で激しく扉を蹴り続けていたが、その直後……」、さらに、④「四方の負傷については、負傷の部位、程度、当時の状況(四方は門扉にしがみつき、左足で激しく鉄柱をけって暴れており、足が痛いと叫んだとき、両扉の間隔は一メートル以上もあった)から見て……、四方本人の自損行為である……」との記載があること、は当事者間に争いがない。
(二) そして、右文書は、昭和四七年八月三日「四方君を守る会」が本件事故について記載したビラを配付したため、これに対抗して、当時勤労部管理課長であった津屋隆明が、当時労働保安課長であった森茂の報告を受けて、控訴会社の見解として作成したものであることは、前記1項冒頭に掲記の証拠中特に原審証人津屋隆明、同森茂の各証言により明らかである。
(三) そこで、右①ないし④の各文言が名誉毀損に該当するか否かについて判断する。
(1) まずその前に、被控訴人の右各文言記載の行為を公表すること自体が適法かどうかの点であるが、前記認定のように、被控訴人は、実体は自傷行為である本件事故を控訴会社従業員の傷害行為であるとし、その旨の情報を控訴会社の全従業員及び公衆にまで広く伝播しているのであるから、このような不当な宣伝に対し、控訴会社が自己の名誉を守るためその真相を前記の文書により全従業員に伝達すること自体は、正当な行為であるというべきである。
(2) そこで進んで、前記①ないし④の各内容が真実であるかどうかを検討する。
①については、前記認定により、その真実なことが明らかである。
②についても、前掲証拠(特に原審証人安藤照男、同津屋隆明の各証言)により、その真実なことは明らかである。
③、④のうちで、「被控訴人が扉を左足で激しく蹴った。」ため、本件負傷を生じたものと認定すべき証拠はないが、前記認定のように、被控訴人の負傷は多数人が揉み合った渦中に生じたもので、負傷を生ずる瞬間は、被控訴人を除き他人に実見はできがたい状況下にあったし、また、被控訴人が揉み合いの際扉を蹴ったであろうことは当然推測されるところであるから、控訴人側が被控訴人が扉を蹴ったため負傷を生じたものと推測してもやむを得ない事情にあったものと認むべきであり、前記認定のように本件事故が被控訴人の自傷行為である以上、その事故の発生の原因が、「蹴ったこと」に基くか、「扉の下端と地面との隙間に挾まれたこと」に基くかの相違は、些細なものであって、これによって、控訴人に特に名誉毀損の責を負せるべきものではない。
(3) そうすると、八月九日の文書朗読が控控訴人の名誉を毀損する行為であるとは認められないので、控訴人がこれにつき不法行為責任を負うべきいわれはない。
三、以上のとおりであるから、被控訴人の請求はその余の点を判断するまでもなく失当として棄却すべきである。
よって、右と異なり被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるからこれを取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 植村秀三 裁判官 寺本栄一 大山貞雄)